ストップする為の言い訳

板橋Cityのコースとなった荒川河川敷
会場の戸田橋付近から新荒川大橋のあたりは昔懐かしい場所


浮間舟渡駅の近所には親戚がいて時々訪れていました
当時は埼京線が開通前で赤羽ー池袋間が赤羽線という名称
交通手段は赤羽からのバスのみ。

車で行く時は戸田橋を通ってたんですが、
今の新幹線の高架の所が旧戸田橋があった場所
画像検索すると出て来ますが、特徴のある橋です

橋が現在の位置に架け替えられて、東北新幹線の工事が進んでる時には
「ひかりは北へ」と書かれた看板がかかっていたのを覚えています


そして、荒川を挟んだ対岸は埼玉県川口市。こちらは生まれ故郷
60〜70代の方あたりでしょうか?
映画「キューポラのある街」の舞台でああ〜!と思い出す方は

とにかく、鋳物の街だ、と

小学生の時にはそう習いました。
え〜と、たしか鋳物に使う砂の調達や運搬が川を使って容易にできたこと
そして東京に近かったこと

その辺りが盛んになった要因だったと習った気がします
ただ、その当時からすでに工場は減り始めていたみたいですね

そんな自分の市について学んだのが小学校3年
教科書内に描かれた未来の都市予想図はアニメにでも出てきそうな
空想都市みたいな感じだったけど今にして思えば

荒川の下を電車が通るようになる
これは当たったわ


そんな事もあったなと懐かしく思いながら、
レース後に何年かぶりにあの辺りを歩き、そのまま荒川を渡り川口へ


5〜6kmは歩いたか?
なんだ、余裕は残ってる。全力を出し尽くした訳ではなかった
レース中にもうダメだと感じていたあの脚の痛みはどこへ行った



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最後までありがとうございました。福助
みなさんからのコメントもお待ちしています。
 

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2 Comments

レイ  

No title

kazuさんにとって素敵なひと時でしたね。
そうやって自分を取り戻す自分だけの時間を持つことができたのはレースで荒川に出たからで・・・

レース後もし歩けなくなったら、それやりすぎですって。

2015/03/31 (Tue) 08:01 | REPLY |   

Kazu  

レイさん

もし、別の場所だったら歩かなかったと思います
初フル、2度の中止。
そんなこととあわせて思い入れのある大会です

2015/04/01 (Wed) 07:23 | EDIT | REPLY |   

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